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和歌山地方裁判所 昭和45年(ワ)285号 判決

原告 井本明由 外二名

被告 国

訴訟代理人 岩橋健 外三名

主文

1  原告らの請求は、いずれもこれを棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

第一寄託物返還請求について

原告井本、同岡野は、被告との間で寄託契約が成立した旨主張するので、この点について判断する。

同原告らが山東と金員の授受をした旨主張する当時、山東が和歌山地方裁判所に執行吏として勤務していたことは、当事者間に争いがない。

いうまでもなく、執行吏は、実質的には私人性の強い性格を有しながらも、なお独立かつ独任制の国家機関として、同名の国家公務員により構成され、訴訟に関する書類を送達し、強制執行等の裁判を執行するもの(執行吏規則一条)である。これを不動産

競売に関していえば、執行吏は執行機関たる執行裁判所もしくは競売機関たる競売裁判所の補助機関として競売の実施にあたることとされている。

ところで、不動産競売における競買保証金および競落代金の預入、返還および支払手続について見るに、競売期日において競買人が競買価額を申し出た場合、競買が許容されるためには、申出価額の一〇分の一にあたる金額(保証金)を現金または有価証券をもつてただちに執行吏に預けることが必要であり(保証金は競買人の競落代金不払による損害賠償の担保としての性質を有する。)、執行吏は、競売期日の終了後、最高価競買人から預け入れられた保証金を三日以内に(速やかに引渡すべきことが本則である。)執行裁判所書記官に対して引渡しをなし、右金員は競落代金に算入され、また他の競買人は、右終了によつて即時に保証金の返還を求める権利を取得する一方、競落人は、競落許可決定確定後、執行裁判所が職権で定める期日にあるいは右決定確定後ただちに裁判所に残代金の支払をなすべきものとされている(民事訴訟法六六四条ないし六六八条、六九三条一項、六九四条四項、五一三条、一一三条、競売法三〇条、三三条一項)。そして、「裁判所の事件に関する保管金等の取り扱いに関する規定」(最高裁規定第三号昭和三七・九・一〇)によると、裁判所が保管すべき保証金、競落代金は、歳入歳出外現金出納官吏の保管にかかり、当事者が保証金等を提出すべき場合には、裁判所係書記官は「保管金提出書」に記名押印して提出者に交付し、これに現金または有価証券を添えて、右出納官吏に提出させることとされている(二条、五条)。以上のとおり、保証金は、競売期日の開催中および裁判所書記官への引渡しに要する必要最小限度の範囲内において、執行吏が受領、保管し、引渡しを受けた保証金および競落代金は、執行裁判所が受領したうえ前記出納官吏に保管させるものである。

ところで、不動産競売手続は、執行機関がその強制執行権を行使して執行処分を行い、もつて申立人の請求権を実現する過程であるから、執行機関(補助機関を含めて)と債権者、債務者、競落人、競売人との間の行為は、国家権力の帰属主体とこれに服する私人との間におけるものであり、それ自体公法上の規律に服する行為であつて、かかる意味においては、本来私的自治、契約自由の原則を前提とする私法上の契約法規をこれに適用する余地はないものというべきである。このことは、競売保証金、競落代金の預入、支払についても同断であつて、これをもつて私法上の寄託契約、売買代金支払と解することはできないのである。保証金の預入は執行法上前叙の趣意から競売人に対し特に課せられた担保提供義務の履行行為にほかならないのであり、原告ら主張の如く、何らかの手続上の誤りによつて、金員授受の目的が不存在であることが判明した場合、最終的には不当利得としてその返還を求めることができるとしても、これを私法上の寄託契約に基づく寄託物返還請求として訴求することはできないものというべきである。

しかも、執行吏による保証金の受領、保管は、現実に競売が実施された場合にはじめて行われるものであつて、かかる具体的な競売手続を離れて一般的に執行吏に対して保証金の受領、保管の権限が与えられているものではないこと勿論であり、本件において原告ら主張の各物件につき、その主張の頃競売手続が実施されたことも、原告らが競買申出人あるいは競落人として関与したこともなかつたことは、当事者間に争いがないところであるから、山東が執行吏として各物件の保証金を受領する権限を有していなかつたことは明らかである(なお、競落代金については、執行吏に何ら受領権限がないことは、前叙のとおりである。)。

従つて、原告らの寄託契約に基づく返還請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるといわざるを得ない。

第二国家賠償請求について

一  山東が和歌山地方裁判所執行吏であつたことは、前叙のとおり当事者間に争いがなく〈証拠省略〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  山野は、自己の事業不振のため遊興費にもこと欠いていたことから、山東と中学校以来の遊び友達であることを奇貨として、あたかも競売物件を有利に入手できるかのように申し向けて知人から金員を騙取しようと企て、昭和三九年七月頃から、原告井本、同岡野から競買保証金名下に金員を騙取しているものである。一方、山東は、同年二月頃山野から右企図を打ち明けられるにおよんで、つい遊興費欲しさから詐欺行為に積極的に加担するようになつた。同人らは、互に連絡を密にし、口裏を合わせ、原告井本、同岡野については、金員騙取の都度、山東において、職印を使用し同人名義の山野宛の領収書を、同田中については、山東、山野において同人ら名義の領収書をそれぞれ作成したうえで、同原告らに交付しもつてあたかも各金員が国庫金として確実に国に納入されているかの如く装い、

(一) 原告井本について、和歌山市湊御殿二丁目七番地の五もと水谷ライトゲージ工業株式会社の土地建物は、既に同年四月七日に競落済みで、手続は終了しており、海南市日方一、一六七番地の一三「ひかり」喫茶店の土地建物はもともと競売物件ではなく、和歌山県海草郡下津町大字下津七七〇番の一川端幸一郎所有の土地建物は、同年四月一八日競売手続停止の仮処分決定がなされて手続は進行しておらず(以上の点は当事者間に争いがない。)、いずれについても同原告のために競落することは不可能であり、また真実便宜をはかる意思もないのに、あたかも山東が便宜をはかつて安価に入手できるかの如く欺き、

(1)  同年一一月二〇日和歌山市八番丁株式会社興紀相互銀行本店において、既に山野が同原告を欺罔し、競買保証金名下に金員を騙取していた前記水谷ライトゲージ工業株式会社および「ひかり」喫茶店の各物件に対する競落代金名下にそれぞれ現金一三〇万円、一七四万円、合計金三〇四万円を、

(2)  昭和四〇年一一月二八日同原告方において、事前に欺罔し、最低競売価額を金二〇万円と告げておいた前記川端幸一郎所有物件の競買保証金名下に現金一二万円を、

(3)  同年一二月二八日和歌山市二番丁一番地和歌山地方裁判所庁舎内執行吏役場前において、(2) の物件の競落代金名下に現金九八万円を、

(二) 原告岡野について、山東が担当執行吏となつていた同市布引の石橋友太郎所有の土地を、同原告のために競落させる意思は-全くないのに、あたかも便宜をはかるかの如く欺罔し、事前に山野が同原告を信用させるため、裁判所の公告を見せるなどして欺き、昭和三九年一二月一五日和歌山地方裁判所前路上に駐車中の自動車内で、右土地の競買保証金名下に現金一二九万円を、

(三) 原告田中については、全くその意思はないのに、同原告と山東、山野の三人で組み、山東が競落の便宜をはかり、同原告と山野が資金を拠出して競売不動産を安価に入手し、これを転売してもうけようともちかけて欺き、具体的な物件、競買申出額、競落価額などについての説明もせず、競落名義、取得物件の処分方法などについては山東、山野に委ねることとして、右競落代金名下に、

(1)  昭和四一年二月一〇月山野方において、御霊農業協同組合振出の額面金一〇〇万円の小切手一通を、

(2)  同年三月二二日和歌山市雑賀屋町東ノ丁県庁前付近路上の自動車内で、現金二八万八、七七五円を、

(3)  同年四月八日同市北新金屋町の同原告事務所において、現金二〇万円および付近の喫茶店「花泉」において、現金四万五、〇〇〇円を、

(4)  同月一二日同原告事務所において、現金一〇万円を、

(5)  同月二六日同市本町喫茶店「ボン」において現金二八万六、二八〇円を、

それぞれ騙取し、いずれも山東、山野において分配し、その頃競輪やアルサロ、バー等の遊興にこれを費消したものである。

2  一方、

(一) 原告井本は、山野とは小学校の同級生であり、当時自宅が近所同志で、同人の素性のよくないことはよく知つており、現に昭和三六年頃和歌山県海草郡下津町の大村すえ所有の土地を山野の斡旋で買入れた際、登記もれがあつて事後処理に苦労させられたうえ、右事件は山野がほか一名と共媒して同原告を欺くつもりであつたことが判明したこともあり、相当警戒はしていたが、何といつても裁判所の現職の執行吏たる山東が自らその担当する競売物件を安価に競落できるよう種々便宜をはかり、確実に利益を得られることは間違いないなどと言葉巧みに持ちかける両名の甘言に乗せられ、利欲を追う余りついその策略に陥つたものであり、競売の要領についての説明は自宅あるいは喫茶店で、金員の授受は裁判所庁舎外の銀行あるいは同原告方でなされ、ことに金九八万円の件については、事前に山東から裁判所の中ではまずいから表まで来てくれ、と指示されていたほどであつた。

(二) 原告岡野もまた、山野が一部の者から「下津の詐欺師」といわれている者であることを知りながらも、同井本同様、巧みな甘言に乗せられたもので、既に山野に競買保証金名下に金員を騙し取られていたあとの昭和三九年九月一四日更に騙され、競売について便宜を受けることに対する趣旨で山東に渡されるものと信じて現金一〇万円を山野に交付し、また本件金一二九万円の件の数日前、和歌山市内喫茶店「バンビ」で山東に紹介された際などに、同人や山野から「本件物件はいい物件であるから競争相手も多いが、山東が担当だからうまくいく。保証金は早く納めないと他の者もうるさい。」「この物件は山東の担当になつているので、ほかの者が何人入札しても絶対心配いらん。」「良い物件だからこつそりやらんといかん。」などといわれ、更に裁判所へ記録の閲覧に赴いた際にも、山野から「あれは内緒で落すようにしているので(記録を)出していない。」などと説明を受け、また山東と近づきになつていなければと考えて、金員授受の前後二、三〇回にわたつて一緒に競輪やバー、キヤバレー遊びに出かけて遊興を共ににしたほか、本件金員は、裁判所庁舎外の自動車内で授受し、更にその後山野の詐言を信じ、山東の借金申込に応ずる意思で現金一〇万円を山野に手渡したこともあつた。

(三) 原告田中は、昭和四〇年頃から不動産取引業に従事していたもので、本件の最初の時点で、山野から「ぼろい取引がなかつたら、競売をしている山東に頼んで良い物件を落してやる。」「山東は裁判所の人間だから詳細を聞いたりしてはいけない。」などといわれ、また山東自身からも、電話で「わたしの口から言えないが安く買える。」一と告げられ、金員の授受は裁判所庁舎外でなした。

(四) 原告らは、前叙のとおり本件が相当高額な取引行為であるにもかかわらず、いずれも金員授受の当初(原告井本、同岡野については領収書を受け取つたとき、同田中については小切手交付の前日)から法律専門家あるいは裁判所書記官等に対し、全く事実を調査、確認しようとしなかつた。

以上の事実を総合して判断すると、原告らは、山東が不動産競売手続において執行吏に付与された職務権限を適法に行使するものではなく、逆に権限を著しく逸脱した不正手段によつて利益を得ようとしているものであることを知悉していたものと推認するのが相当である。

二  競売手続は、前叙のとおり債権者の申立を契機として、国家機関たる執務機関が強制執行権を行使し、債務者(もしくは物件所有者)の物件に対する処分権限を強制的に剥奪して債権の満足をはかるためにこれを換価する手続であり、不動産競売手続において、右執行裁判所の補助機関として現実に競売を実施する権限を有する執行吏は、国家賠償法一条にいう「公権力の行使に当る公務員」にあたることはいうまでもないところである。そこで、進んで前記認定のような執行吏山東の行為が、「その職務を行うについて」にあたると評価し得るか否かにつき検討する。

1(一)  山東が執行吏として前記認定のような行為をなす権限を有していなかつたことは、前叙のとおりであり、各物件についての競売手続はもともと存在しないか、あるいは存在していても現実に競売期日が開かれいない以上、山東が競買保証金を受領、保管する職務権限を有するに至るはずはなく、競落代金の受領に至つては、全く執行吏の職務権限外のことに属するものである。

しかしながら、国家賠償法一条の「その職務を行うについて」とは、当該公務員が当該行為について職務権限を有する場合のみならず、一般の社会常識から見て、当該公務員がかかる職務権限を有するものと信じられているような場合において、当該行為を客観的外形的に観察したとき、一般人がこれを当該公務員の職務権限内の行為であると考えたとしても、まことにやむを得ないような事情があるときは、他に特段の事情がない限り、同条にいう「その職務を行うについて」の要件を充たすものと認めるのが相当である。

(二)  そこで、これを本件について検討する。

前記一1(一)(2) 、(二)については、各物件は競売物件となつており、受領書に職印を使用したことなどに徴すると、外形的には執行吏の職務行為と見得る余地があり、また同(一)(1) 、(3) については、一般入の立場からこれを観察すれば、競売の種類毎に事物管轄が異ることを正しく認識すべきことを一般人に期待することはできず、しかも、動産競売においては執行吏にも代金の受領、保管の権限があることのあるから、本件不動産競売においても、同様に執行吏に右権限があるものと誤解する者のあり得ることは充分考えられるところであり、また、本件における山東らの各行為は一連のものであつて、その欺罔方法、手段等の態様もほぼ同一であることなどに徴すると、外形的には一般人が執行吏の職務行為と見得る余地があるというべきであり、これを覆えすに足りる特段の事情は見出し難い。

しかしながら、同(三)については、前記認定のような具体的状況に照らせば、外形上もそれが執行吏の職務行為に属すると見得る余地は全くなく、三名が出資協力して金もうけを企図するに際し、現職の執行吏たる山東が仲間に一枚加わることによつて、確実な情報が得られるうえ、種々便宜なとり計らいを受け得ることが期待でき、その結果物件の入手が容易かつ有利になるであろうとの下心が同原告を動かしたものであるといえるから、それはおよそ執行吏の職務行為に対する信頼とは遠くかけ離れたものであることは明らかである。ちなみに、全証拠によつても、同原告が金員の交付をもつて、具体的な特定の物件に対する競売手続の保証金あるいは競落代金としての納入行為であると認識していた形跡は全く認められず、むしろ、金もうけを企てている仲間内における資金の拠出行為と考えていたものと認められるから、これを目して執行吏の職務執行の外形を有するものということは到底できないのである。

2  ところで、外形上執行吏の職務行為と認められる場合であつても、相手方において、当該行為が執行吏の職務権限内において適法に行われるものではないことを知り、または少くとも重大な過失によつてこれを知らないものであるときは、相手方は、これをもつて執行吏が「その職務を行うについて」損害を加えたとして、使用者たる被告に対し損害賠償を求めることは許されないものと解すべきである。

けだし、不動産競売手続を構成する執行機関および各関係人の行為は、それ自体公法上の行為と解すべきでことは前叙のとおりであるけれども、他面関係当事者間の実体的な法律関係に即して実質的に観察すれば、これを売買類似の行為として評価することができるのであり、競買申出人あるいに競落人の右手続における地位は、買主類似のものといえるから、その保護されるべき利益は、公正な競売手続に基づいて物件を確実に取得できるという信頼そのものである。したがつて、利益が侵害されたとして損害賠償を請求するにおいては、民事上の取引行為による不法行為責任の場合(最高裁判所昭和四二・一一・二民集二一・九・二二七八、昭和四四・一一・二一民集二三・一一・二〇九七各判決参照)と同様の規律に服するものというべきであるからである。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、原告井本、同岡野は、いずれも山東の行為が不動産競売手続における執行吏の職務権限の行使として適法になされるものではなく、その権限を著しく逸脱して違法に行われるものであることを知悉しているのであるから、被告に対し損害賠償を求めることは許されないものというべきことになる。

3  以上を要するに、山東の原告井本、同岡野に対する各行為が執行吏としての職務行為の外形を有すると認め得る余地はあるけれども、同原告らは、それが執行吏の職務権限を著しく逸脱した違法な行為であることを知つていたものであるから、同原告らは、公務員が「その職務を行うについて」損害を加えたものとして、被告に対しその賠償を求めることはできず、また山東の原告田中に対する各行為は、外形的にもおよそ執行吏の職務行為と評価する余地はないものである。

したがつて、原告らの国家賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも失当である。

三  なお、原告らは、被告に対し民法七一五条の使用者責任に基づく損害賠償を求めているが、前叙のとおり、競売手続は公権たる強制執行権を発動して執行処分を行い、それによつて請求権を実現して行く過程そのものであるから、国家賠償法一条のみが問題となり得るのであるし、仮に民法七一五条を適用する余地があるとしても、同条にいう「その事業の執行につき」とは、既に述べた「職務を行うに当り」と同意義に解すべきものであるから、いずれにしても原告らの請求は理由がない。

第三結論

よつて、原告らの本訴各請求は、いずれも理由がないから棄却

し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用

して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新月寛 大藤敏 宮森輝雄)

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